INTERVIEW

左から今泉剛、日沼菊治郎、田口淳吾、アンドロ・クリスチャン

田口淳吾はもっと世に知られるべき天才である。これは東京拠点のパンク~ポストパンクバンド・ANISAKISが結成11年目にして放つ渾身のサードアルバム『大いなる』を聴いて真っ先に浮かんだ感想だ。わかりやすい言葉で綴られる異物感のある歌詞。日常の中の奇妙を描く世界観。ひとつひとつ厳選された素材を活かして頑固な職人が作り出す懐石料理のように、音を綿密に組み合わせて繰り出される楽曲たち。その作品を聴けば聴くほどにクセになる中毒性を持つ危険な存在。ってコトで、作詞・作曲・レコーディング・リリースと、活動の隅から隅までを主導するリーダー田口淳吾(ヴォーカル、ギター)と、今泉剛(ベース、コーラス)、日沼菊治郎(ドラムス、コーラス)、本作より加入しているアンドロ・クリスチャン(ギター、コーラス)のメンバー全員にインタビューを敢行した。

 

インタビュー:ヤマダナオヒロ(nAo12xu/†13th Moon†)

写真:アトム

レコーディングならではの遊び方

 

──まず『大いなる』が完成した感想は?

 

今泉:いつにも増して、完成度とは別の意味でDIY感が強いなと。録音からすべてのステップを自分たちでやったというのは「詰まっている」という感じがしています。

 

日沼:前作まではベースとドラムを同時に録音していましたが、最初にドラムを単体で録るというのが初めてだったので、勉強になりました。

 

アンドロ:僕にとっては人生で初めてのちゃんとしたレコーディングだったので、ここはこうやってやるんだ、みたいな。全体的に楽しかったです。今回は淳吾さんの家で録ったのでゆるくてよかったけど、DIYじゃない感じで、ちゃんとしたレコーディングスタジオで録るとかだったら大変だなと思いました。

 

田口:僕も楽しかったし、100点のアルバムですね。やりたいことをすべて吐き出して満足しました。

 

──今回はDIYということだけど、録音は全て家で?

 

田口:ドラムはスタジオで録って、弦楽器は僕の家で。歌は近所のスタジオで録りました。どの工程も演奏者と僕のマンツーマンで。

 

──じゃあ個人面談みたいな環境の中で、みんなどこで合格を出されるのか怯えながら録った、みたいな感じ(笑)?

 

田口:そうですね(笑)。録り方としてやりづらいかなと思ってたけど、さっきの話の中で意外とそのDIY感がいいって言ってたのが驚きです。アンドロは初めてのレコーディングですし、ちゃんとしたスタジオで時間かけてしっかりやりたいのかな、とも思ったんですが、意外と楽しかったんならいいかな、と。

 

──ミックス・マスタリングも全部自分でですよね、機材は?

 

田口:DAWはLogic Proです。これまで全作品そうですね。

 

今泉:今回ドラムはドラムレコーディング専用のスタジオで録ったので、その環境の違いは大きかったと思うんですが、録り方やマスタリングまでの流れは基本的に毎回同じですね。

 

──ドラム専用のレコーディングスタジオはそういうところを探して?

 

田口:はい、前作までは普通のリハスタにMTRを持っていって自分たちでマイク立ててやってたんですけど、効率悪いし、音ももうちょっとよく録りたいと思って。そしたら神田に宮地楽器っていうスタジオが併設されている楽器屋さんがあって、いい機材なんですよ。ドラムセットもマイクもコンプもいいものが揃ってて、だけどオペレーターはいませんよっていう、僕らにはうってつけのところで。

 

日沼:最初からマイクもドラムにセッティングされていて、微調整で始められるっていう。気持ち的にも楽でした。

 

──今作はひとつひとつの音の分離がすごくはっきりしていて、特にドラムがクリアでびっくりしたんだけど、今の話を聞いて納得しました。それだけ労力をかけて、ドラムの録りからこだわったということですね。

 

日沼:まずスネアを新調したのがデカいですね。

 

田口:すげぇ悩んだよね。

 

日沼:前まではゴミ捨て場から拾ったスネアをずっと使ってましたね。

 

田口:そうだ、で「もっとこういう音が良い」みたいのが見えてきたんだよね。次のアルバムに向けて。

 

日沼:うん、前のスネアも良かったけど欲しい音域が明確になってきた。最終的には深胴にしてスナッピーを2本だけ切る、みたいな事になっちゃった(笑)。

 

今泉:上の鳴りと下の鳴りの問題っていうか。それがすごく大きいってのがわかった。「張るから高い、張らないから低い」っていう単純な話じゃないんだね。

 

田口:欲しい音ってそこじゃなかったんだっていうのが面白かった。切ったね、スナッピー。

 

日沼:切ったねー。バランスなんだよね。

田口:ドラムもそうですが、全体的に分離のよさはわりと気にしました。弦楽器は今回スタジオのアンプを一切使っていないんですよ。アンプシミュレーターを使いました。クリアに録れました。

 

──クリアだよね。バンドによっては「その場の空気感も含めて録りたい」っていうことで一発録りだったり、ノイズも味としている場合もあると思うけど『大いなる』はとことんクリアにこだわるっていうほうにシフトしたという感じかな?

 

田口:そうですね。その一因としてアンドロが加入したのも大きいです。作曲的にも幅が広がったんですよ。前作まではある程度ライブを想定してギター1本でも極端にさみしくならないように作っていたんですけど、今回はより自由に。だからその分、クリアに分離したほうがおもしろいなと思って。

 

──アンドロ君が加わって単純にギターが増えたという意味だけじゃなくて、曲を作る上での表現の可能性みたいなものが広がったと。

 

田口:だいぶ広がりました。基本的に『音圧を上げたい・音を重ねて厚くしたい』というのはあまりないんですけど、違うタイミングで違う発音をしたいなっていうのはもともと考えていたので、それを自由にできるようになったのが一番大きいですね。パッと聴いた感じ、前作に比べてあんまり音の数は増えてないかもしれないですけど、違うところで印象的なギターが2本鳴っている感じは出せたかなと思います。そしてライブでもそれを再現できるのがありがたいです。

 

──音を減らしてる分すごく細かな部分のこだわりが目立つんですよね。一個一個の音の鳴りが。音の揺れの回数とか、その音がどこまで聴こえるのかまで計算されているっていう印象。

 

田口:さらっと聴いた人が気付かないくらいでいいんですよね。気づかないけど効果的な音を適度に鳴らしてるっていうのはやっていて楽しいです。

 

──やっぱりそういうところはあるんだね。なんでそれを感じたかというと、前に渋谷HOMEでライブを観たときに後半のMCでなに言うのかなって思ってたら「すみません、小鳥のさえずりの返しを上げてください」って淳吾君が真剣な表情で言ってて、キタわぁと思った(笑)。

 

(一同笑)

 

日沼:演奏中ずっと流してた持ち込みの小鳥の音声ですね、大事ですから(笑)。

 

田口:あれはキテたんですね、ナオヒロさんの中で(笑)。

 

──それでそのあとに淳吾君が「あぁ……気持ちいい……」って(笑)。

 

田口:完全に自己満足ですね(笑)。

 

──でもその意味がその場に居た人にも感情としては伝わったと思う。ANISAKISのこだわっている部分というか、全てのバランスが綿密に組まれているっていうのが。

 

田口:恐縮です。

 

日沼:僕がレコーディングでおもしろいなと思ったのは、コードの音を1音ずつ別に録ってからあとで合わせる方法ですね。

 

田口:あー、やったね。『銅像の裏』とか『忘れる日』とかでやりました。ライブではジャーンってほとんど同時に発音させるコードを、弦ごとに録ってステレオに分けたりして。

 

──ヤバイねそれ(笑)。

 

日沼:レコーディングならではの遊び方というか。

 

田口:それこそ一発録りではできないやつを。

 

──そこまで細かいレコーディング方法だとレコーディング期間も長かったんじゃない?

 

田口:僕以外の人はすぐ終わりました。

 

今泉:1人半日から1日くらいな感じでした。本当すぐ終わったんであとはバカンスみたいな感覚でした(笑)。

 

日沼:録ったあとのほうがたしかに大変そうでしたね。

 

田口:素材はあらかじめコレを録るっていうのを決めてたんで「はいじゃあコレ弾いて、コレ弾いて、コレ弾いて……」っていう感じでバーっと録っちゃったんで、録音自体はわりとスムーズでした。ミックスダウンで100時間くらいは多分やってますね。みんな完成を知らないまま全部僕が素材を集めて、そのあとに時間をかけていろいろ組んでいく。サンプリング的な感じです。

 

──『サイドカー』のイントロのギターの鳴りとかはまさにそういったミックスダウンの賜物だと思います。大袈裟に言っちゃうとBeatlesの『A Hard Day’s Night』って、「ジャーン」のあの一発目の音でわかるじゃん? 『サイドカー』のイントロも、たとえばクラブでDJがかけたら即わかる音までいってるなコレって思って、僕は家で悔し涙を流しました……(笑)。

 

(一同笑)

 

田口:嬉しいやつですね。ありがとうございます。